電子顕微鏡設計ソフトウエア Cathode-9 背景理論(参考)#
Cathode-9とは?#
電子顕微鏡光学系設計用 高精度電磁界/荷電粒子軌道計算/電子レンズ収差計算

回転対称系 - 境界要素法ベースのシミュレータです。電子レンズや電極磁極が生成する任意座標の電磁界や、球面収差を含む電子軌道計算(近軸方程式ではなく実軌道計算)、レンズ(主に対物レンズ)の収差の計算を行うことができます。有限要素法のようなメッシュを必要としない為、高速/高精度なシミュレーションが可能です。境界要素法は一般にモデリングが大変ですが、本ソフトウエアはモデリング用のCADツールも含んでいます。
レンズモデリング-光学系内への配置-電圧/AT設定-ビーム軌道計算までの一連の流れをシームレスに行うことができます。レンズの収差解析も可能であり、いわゆる"最適開き角(α)“や"収差の谷"も得られます。
Windows/Linux/Mac/iPad/Androidタブレット/Chromebook等様々なデバイスで利用することができます。WEBブラウザベースのソフトウエアですが、モデルデータや解析結果等は一切サーバに送信せず、計算もお手元の計算資源で実行されるため、セキュリティや機密保持の観点からも安心してお使いいただけます。
本文書内の数式や各種解説について、弊社は参考情報としての性質上、その正確性を保証しません。また本内容についてのお問い合わせはお答えできないものとさせていただきます。
はじめに#
本シミュレータでは、電荷重畳法(Charge Simulation Method / Charge Density Method)、より正確には 回転対称系における境界要素法(Boundary Element Method for Cylindrically Symmetric Systems) に基づくアルゴリズムを採用しています。
有限要素法(FEM)のように空間をメッシュで切るのではなく、導体表面(境界)の内側に仮想的な 電荷(Source Charge) を配置し、それらが作るポテンシャルの重ね合わせで境界条件を満たすように電荷量を決定する手法です。
複雑な偏微分方程式(ラプラス方程式)をメッシュ(グリッド)で解く「有限要素法(FEM)」とは違い、空間のメッシュを切る必要が無いため、広い真空空間を扱うのが得意で、高精度な軌道計算に必要な滑らかな場の微分が得やすいことが特徴です。この滑らかかつ高精度な微分係数(\( V', V'', B', B'' \) など)が得られることは、収差計算において非常に有利に働きます。 また三次元空間を扱いながらも、回転対称性により計算コストが劇的に下がることで、短時間で高精度な結果を得ることができます。
1. 基本原理#
このシミュレータは3次元空間を扱いますが、すべての電極や磁極がZ軸(光軸)に対して 回転対称 であると仮定しています。
- あらかじめ入力されたR-Z円筒座標系上の"一筆書き"の電極(あるいは磁極)モデルについて、微小な区分に分割します。
- 分割された各要素を、点電荷ではなくZ軸を中心としたリング状の電荷として扱います(実際には、区切られた各要素の中心点に電荷を配置します)。
- ただし、軸上(\( r=0 \))の特異点を回避するため、条件に応じて 「点電荷」 も使用します。
1.1 リング電荷のポテンシャル(基本解)#
半径 \( R \)、位置 \( Z \) にある、線密度 \( \lambda \) の細いリングが、観測点 \( (z, r) \) に作る静電ポテンシャル \( \Phi(z, r) \) は、以下の積分で表されます。
$$\Phi(z, r) = \frac{1}{4\pi\epsilon_0} \oint \frac{\lambda dl}{| \mathbf{r} - \mathbf{r}’ |}$$
これを解くと、第一種完全楕円積分 \( K(k) \) を用いた以下の厳密解が得られます。
$$\Phi(z, r) = C \cdot Q \cdot \frac{K(k^2)}{\sqrt{(z-Z)^2 + (r+R)^2}}$$
ここで:
\( Q \) はリング上の総電荷量です。
\( k^2 \)(母数)は幾何学的パラメータで、以下のように定義されます:
$$ k^2 = \frac{4 r R}{(z-Z)^2 + (r+R)^2}$$
1.2 連立方程式による電荷量の決定(逆問題)#
電極の形状と印加電圧 \( V \) は既知(ユーザの指定値)ですが、電荷 \( Q \) は未知です。これを解くために以下の行列方程式を立てます。
$$\mathbf{V} = \mathbf{A} \cdot \mathbf{Q}$$
- \( \mathbf{V} \) (ベクトル): 電極表面上の各点(メッシュ点)における設定電圧(既知)です。
- \( \mathbf{Q} \) (ベクトル): 各リング要素の未知の電荷量です。
- \( \mathbf{A} \) (行列): 係数行列です。成分 \( A_{ij} \) は、「リング電荷 \( j \) が、境界点 \( i \) に作るポテンシャル(グリーン関数)」を表します。
この連立一次方程式をガウスの消去法で解くことで、全てのリングの仮想電荷量 \( Q_j \) を決定しています。
2. 電場・磁場の計算(数値微分)#
空間中の任意の点 \( (z, r) \) における電場 \( \mathbf{E} \) と磁束密度 \( \mathbf{B} \) は、求めた電荷の重畳によって計算されるポテンシャルから導かれます。
2.1 電場E#
電場はポテンシャルの勾配です。
$$\mathbf{E} = -\nabla \Phi$$
本シミュレータでは、解析的な微分ではなく、近傍点との差分を取る数値微分を用いています。微小距離 \( d \) (\( 10^{-6} \) 程度) を用いて以下のように計算します。
$$E_z \approx - \frac{\Phi(z+d, r) - \Phi(z, r)}{d}$$
$$E_r \approx - \frac{\Phi(z, r+d) - \Phi(z, r)}{d}$$
2.2 磁場B(磁気スカラーポテンシャル法)#
磁場計算において、電流源がない領域(ポールピース間の空間など)では、静電場と同様に磁気スカラーポテンシャル \( \Psi \) を定義できます。
$$\mathbf{H} = -\nabla \Psi, \quad \mathbf{B} = \mu_0 \mathbf{H}$$
コードではモデルが磁極である場合、計算されたポテンシャルを磁位 \( \Psi \) と見なし、最後に真空の透磁率 \( \mu_0 \) を掛けて磁束密度に変換しています。
3. 粒子軌道シミュレーション(運動方程式)#
シミュレータ機能では、荷電粒子の運動方程式を解いています。ここでは、近軸方程式(近軸近似)を使用せず、広角のビームも追跡できる一般光線方程式(General Ray Equation) に近い形式を採用しています。そのため、軌道計算結果において球面収差(Spherical Aberration) の影響が現れ、ビーム束の焦点/クロスオーバー位置などが光軸方向にずれる結果となることがあります(これは物理的に正しい挙動です)。
3.1 相対論的補正#
電子顕微鏡のような高エネルギー電子を扱うため、加速電圧 \( V \) に対して相対論的補正を行った 相対論的ポテンシャル \( V^* \) を使用しています。
$$V^* = V (1 + \epsilon V), \quad \epsilon = \frac{e}{2 m_0 c^2} \approx 0.978 \times 10^{-6} , [\text{V}^{-1}]$$
3.2 半径方向の運動方程式#
軌道計算では一般的なニュートンの運動方程式を円筒座標系における運動方程式(ローレンツ力 \( \mathbf{F} = q(\mathbf{E} + \mathbf{v} \times \mathbf{B}) \))へ変形し、時間 \( t \) を消去して \( z \) に対する軌道の傾き \( r' \) と曲率 \( r'' \) の式にしています。
シミュレータ内で実装されている方程式は以下の通りです。
$$r’’ = \frac{1 + r’^2}{2 V^*} \left( E_r - r’ E_z \right) - \text{磁場項} \cdot \sqrt{1 + r’^2}$$
第1項(電場項): 電場による集束・発散作用です。\( E_r \) はレンズ作用、\( E_z \) は加速・減速による作用を表します。
第2項(磁場項): 磁場によるレンズ作用です。軸対称磁場中では、電子は回転しながら軸に収束する力を受けます(ブッシュの定理)。コードでは以下の近似式が使われています。
$$ \text{磁場項} \propto \frac{e}{m} \frac{B_z^2}{V^*} r$$
これにより、磁場 \( B_z \) が存在すると、電子は常に光軸方向(\( r \) を減らす方向)へ力を受けること(軸対称磁場内において、電子が螺旋運動(ラーモア回転)をする際に常に軸に向かう力を受ける=レンズ作用)が表現されています。
3.3 アダプティブ・ステップ(Adaptive Step)#
精度の高い計算を行うため、軌道の曲率(変化の激しさ)に応じて刻み幅 \( dz \) を動的に変化させています。
$$dz_{next} \propto \frac{1}{|r’’| + \text{const}}$$
これにより、レンズの近傍など場が急激に変化する場所では細かく、ドリフト空間では粗く計算し、速度と精度を両立しています。
3.4 軌道計算の制約#
本ソフトウエアの軌道計算は、Δzを増やしながら計算しています。光学系によってはビームが跳ね返るような軌道となる場合がありますが、Δz→大の方向にしか計算できないため、表示上はビームは跳ね返らず、r方向へ発散するような軌道となります。
4. 収差解析 (Aberration Analysis)#
この機能は、電子光学系(特に電子顕微鏡やリソグラフィ装置などのプローブ形成系)の設計において最も重要な**「軸上収差解析」** を行うものです。
4.1 収差係数の計算#
計算手法#
Scherzerの定理およびGlaserの理論に基づき、近軸軌道 \( h(z) \) (\( z_{source} \)で\( h=0, h'=1 \)) と \( g(z) \) (\( z_{source} \)で\( g=1, g'=0 \)) を用いて積分計算を行っています。
近軸軌道からの摂動として収差を定義する積分公式を用います。 計算には、以下の2本の独立な規格化された近軸軌道を使用します。
- \( h(z) \): 軸上物点から射出角1で出る軌道です(\( h(z_0)=0, h'(z_0)=1 \))。
- \( g(z) \): 軸外から平行に入射する軌道です(\( g(z_0)=1, g'(z_0)=0 \))。
注記:軌道計算について#
本シミュレータの軌道計算には、基本的には近軸方程式ではなく実軌道計算を行っています。
しかし現在実装されているシェルツァーの積分公式(\( \int (V, V', V'', B, B') dz \))は、数学的に近軸軌道(\( h \)軌道, \( g \)軌道) を使うことを前提に定義されています。これを「実軌道」に変えてしまうと、積分の前提が崩れ、収差係数の計算自体が成り立たなくなります。よって収差計算の軌道計算については内部的に近軸方程式による計算を使用しています。
収差解析画面で軌道を表示していますが、これは"ユーザに見せるための軌道"として実軌道計算されたものを表示しています。
オートフォーカス#
指定された光源位置 \( Z_{src} \) とターゲット位置 \( Z_{tgt} \) に対して、ビームが一点に収束するレンズ条件を自動探索します。
- アルゴリズム:
- 粗探索 (Scan): レンズ強度(AT)を0から徐々に上げ、ターゲット面でのビーム半径 \( r \) の符号が反転する(クロスオーバーがターゲットを通過する)区間を見つけます。これにより、高次のフォーカス(2回クロスなど)への誤収束を防ぎます。
- 精密探索 (Bisection): 見つけた区間で二分法を行い、ターゲット面での \( r \approx 0 \) (誤差 \( 10^{-9} \) mm以下)となるATを確定させます。
球面収差係数 (\( C_s \))#
像面における3次の幾何収差係数です。
- 磁界レンズ:
$$ C_s = \frac{\eta}{16V^} \int_{z_0}^{z_i} \left[ \left( \frac{3\eta}{V^}B^4 + 4B’^2 \right) h^4 + 4B^2 h^2 h’^2 \right] dz$$
- 静電レンズ (修正Scherzer積分):
$$ C_s = \frac{1}{16\sqrt{V^}} \int_{z_0}^{z_i} \left[ \frac{5}{4}\left(\frac{V’’}{V}\right)^2 + \frac{5}{24}\left(\frac{V’}{V}\right)^4 \right] h^4 \frac{dz}{\sqrt{V^}}$$
軸上色収差係数 (\( C_c \))#
電子のエネルギーのばらつきによる焦点ズレの係数です。
$$C_c = \int_{z_0}^{z_i} \left( \frac{\eta B^2}{8\sqrt{V^*}} + \frac{1}{2}\left(\frac{V’}{V}\right)^2 \right) h^2 dz$$
倍率色収差係数 (\( C_m \))#
軸外における色収差成分(倍率の変動)です。
$$C_m = \int_{z_0}^{z_i} \left( \frac{\eta B^2}{8\sqrt{V^*}} + \frac{1}{2}\left(\frac{V’}{V}\right)^2 \right) h \cdot g \ dz$$
4.2 分解能の評価 (Resolution Limits)#
各収差によるボケ量(ディスク径)を以下の式で計算し、二乗和平方根(Root Sum Square)でトータル分解能を評価しています。
回折ボケ (Diffraction Limit):
$$d_d = \frac{0.61 \lambda}{\alpha}$$
(\( \lambda \): 電子波長 \( 1.226/\sqrt{V^*} \) nm, \( \alpha \): 開き角 rad)
球面収差ボケ (Spherical Aberration):
$$d_s = \frac{1}{4} C_s \alpha^3$$
(最小錯乱円 Disk of Least Confusion 条件)
色収差ボケ (Chromatic Aberration):
$$d_c = C_c \alpha \frac{\Delta E}{V_{acc}}$$
空間電荷効果 (Space Charge Effect):
$$d_{sc} = K \cdot \frac{I_p \cdot L}{V_{acc}^{1.5} \cdot \alpha}$$
(\( K \): 係数 SC Factor \( \times 10^{14} \), \( L \): 有効光路長)
最適開き角 (\( \alpha_{opt} \)) は、主に回折ボケ (\( d_d \)) と球面収差ボケ (\( d_s \)) の交点付近として自動算出されます。
その他#
本ツール内で使用している微分方程式求解アルゴリズムは、4次ルンゲ・クッタ法です。